コロナで思う人の想い

長い長いコロナ禍。
これは、終息があることなのか‥。
人と人の関わり方を変え、奪われなくてもいい多くの命がなくなっていく。
毎日毎日、数字だけにとらわれ自分には起きないと感じていたコロナも他人事では片付けられないところまで近づいていることなのに当初のような恐ろしさは感じられなくなってしまったのが現実なんだろうか‥。
どんなに恐怖を覚えることでもずっとそこに感じていると恐ろしさにも恐怖を感じない。
崖っぷちに立つのは怖いけど、ずっと崖っぷちにいたらきっと恐怖すら感じなくなるのだろう‥。
そんな例えがコロナ禍にはあっているのかもしれない。
世の中は、それでもいい加減に見えてしまう他人のことを非難し、連日そんなニュースばかりを目にするけれど、ではどれだけ全ての人がコロナに対する行動、生活ができているのかと疑問に感じてしまう。
自粛と言いながらどこに自粛している人がいるのだろうか?と疑問にさえ感じる人の多さ。
自宅から最寄りの駅に行くまで私は不要不急の外出中の人をかなり見る。
いや、そんなことを知っている私もきっと他から見れば不要不急の外出者なんだろう‥。
ちょっと具合が悪くなれば、コロナの文字が頭をよぎる。
咳をしている人を見れば、マスクの下で息を止める。
会いたいけど、会えない!
会わなくて済むなら会いたくない‥。
人に対する自分の想いが明確に感じられてしまうようになったのも言ってみれば、コロナのおかげ?かもしれない‥。
きっと長い長い長いコロナの終息があっても元のような世の中には戻らないんだろう。
定着した人との距離を取り、関わりが薄くなってしまった人間関係。
仕事のあり方。
世の中に必要とされる職業すら変わってしまったのだから‥。
生活に必要なものと不必要なものがこの2年ほどでガラッと変わってしまったのだから‥。
コロナ禍の中、人は必ず何かを失って、何かを得たはず!
それを明確に掴み、波に乗れるかでまた見える世界やライフスタイルが変わるのだろう。